「鳥羽市立海の博物館」には、「海の東海道の三叉路」と題して、伊勢湾とその沖合に広がる外洋(遠州灘、熊野灘)での海の営みの
歴史文化に焦点を合わせた展示コーナーがある。
画像1の模型は、愛知県の幡豆(はず)町の造船所で戦後に建造された、船底が平たい構造をもつ「三河本型船(みかわほんがたせん)」
と呼ばれた船である。同船は主に三河と九州との間で往復航路に就航した。常滑からは主に陶器、レンガ、
植木鉢を、衣浦からは瓦を150トンほど積んで、瀬戸内海および九州各港にて荷揚げし、帰途には九州から
石炭を搬送していた。1970年(昭和45年)頃から徐々に木造船から鋼船へと変遷していった。模型ガイドパネルには左記の趣旨が記されている。
模型の制作寄贈者: 永山照雄氏 縮尺:20分の1。 [拡大画像: x29449.jpg]
画像2の模型は、赤須賀船(あかすかせん)の「第八勢権丸」である。桑名市赤須賀から熊野灘沿岸の浦村に生活物質を運搬し、帰途
には炭・薪(たきぎ)などを運んだ典型的な赤須賀船である。船名は「第八勢権丸」。同船は1958年(昭和33年)に南伊勢町神前浦で
建造され、1965年(昭和40年)まで活躍したという、最後の赤須賀船となった船である。全長18.2m、幅4.85m、木造である。
模型ガイドパネルには左記の趣旨が記されている。
模型の製作社: 南伊勢町(旧南島町)の加藤船艇 縮尺:20分の1。
伊勢湾最奥の熱田宿と桑名宿を結ぶ、旧東海道の海上路(七里の渡し)を示す概略図
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両宿間には木曽川、揖斐川などの三大河川が伊勢湾に流れ出ており、それをまたぐように海上路が敷かれていた。
伊勢湾内の港
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[撮影年月日:2025.08.01/画像1~4出典: 鳥羽市立海の博物館にて]