海上保安庁・燈光会の案内板(上記画像3)によれば、樫野埼灯台は、1866年(慶応2年)に江戸幕府とアメリカなど4ヶ国との間で
締結された「江戸条約」によって建設が約束された8基の灯台のうちの1基である。
建設を主導したのは、「日本の灯台の父」として知られる、英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンである。
樫野埼灯台は日本で最初に手掛けられた石造りの洋式灯台である。1869年(明治2年)3月着工、翌1870年(明治3年)
6月10日に点灯された。
(注)同岬西隣のすぐの岩礁「船甲羅(ふなごうら)」でオスマントルコ軍艦「エルトゥールル号」が、1890年(明治23年)9月16日に
遭難した。その大惨事の折には、既に同灯台は運用されていた)。
主要目:
光り方: 群閃白光、毎20秒に2閃光
光の強度: 44万カンデラ
光の到達距離: 約34㎞(18.5海里×1.852km=34.26km)
海水面から灯火までの高さ: 約47メートル
[撮影年月日:2024.09.05/場所: 和歌山県東牟婁郡串本町の紀伊大島の最東端][拡大画像: x29376.jpg]
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