横浜市神奈川区の神奈川大学・日本常民文化研究所において「和船と海運/和船の構造と技術」と題する展覧会が2017年1月30日~3月17日
まで開催された。
展示パネルによれば、2013年に、近藤友一郎・和船研究所が所有していた旧蔵資料が神奈川大学・日本常民文化研究所へ譲渡された。
近藤和船研究所は1989年に焼津の船大工三代目の近藤友一郎氏によって設立されたものである。和船資料の調査収集と研究を行ない、
その成果として和船復元模型などを製作し発表してきた。譲渡された資料は、和船模型、和船関係文献・図面、船大工道具、船釘類、
操船具、漁具など多岐にわたる。
画像1&2は、日本常民文化研究所が所蔵する近藤和船模型コレクションのうちの「菱垣廻船模型 (縮尺: 10分の1)」である。製作は
近藤友一郎氏である。展示パネルには菱垣廻船について次のように記されている。
菱垣廻船とは江戸時代に上方の物資を江戸へ輸送した廻船のことである。1619年 (元和5年) に、
大坂から江戸へ、上方で生産された日常生活物資を廻送したのが始まりである。1627年 (嘉永4年) には大坂菱垣廻船問屋が成立した。
1694年 (元禄7年) には、江戸十組問屋が結成され、廻船はその共同所有となった。
「菱垣」の由来は、菱垣廻船問屋に所属する廻船であることを象徴するものとして、菱形に組み立てた垣立を廻船の両舷側に装着した
ことにある。垣立とは、舷側の上部に取り付けられた格子状の欄干である。通例、格子は縦横直角に交わるが、菱形に組み合わされた
格子を廻船問屋のトレードマークとしたとされる。廻船の類型としては弁才船である。当初は250石積み程度であったが、
次第に大型化し、1,000石 (150トン) を積載する廻船も一般化した。「千石船」は大型廻船の代名詞となった。
[画像撮影: 2017.3.17 神奈川大学日本常民文化研究所にて][拡大画像: x27551.jpg][拡大画像: x27531.jpg]
[拡大画像: x27552.jpg: 「菱垣廻船模型」と題する説明パネル][拡大画像: x27553.jpg: 「菱垣廻船」と題する説明パネル]