1. 撮影年月日: 2018年8月22日
2. 撮影場所: 東京都江東区の「夢の島公園 (Yumenoshima Park)」内の「夢の島熱帯植物館 (Yumenoshima Tropical Greenhouse Dome)」。
[JR京葉線「新木場駅」から徒歩10分ほど]
3. 画像は「東京都立第五福竜丸展示館 (Daigo Fukuryu Maru Exhibition Hall) 」(同公園内に所在) によって製作されたポスター写真で、
隣接する熱帯植物館に掲示されていたものである。「夢の島」のゴミ捨て場に超巨大ゴミとして廃棄され、ゴミ山の岸に傾く第五福竜丸
(当時・はやぶさ丸)の無惨な姿が切り撮られている。写真撮影は1968年1月頃で、森下一徹氏によるもの。
静岡県焼津港所属の木造マグロ延縄漁船の第五福竜丸は、1954年(昭和29年)3月1日、南太平洋のマーシャル諸島にあるビキニ環礁で
米国が行った水爆ブラボーの爆発実験により被爆した。周辺海域で操業中であった同船乗組員23名は水爆実験で降り注いできた大量の放射性物資
を含む細かい塵の「死の灰」を浴びた。
・ 1947年(昭和22年)建造当初はカツオ釣り漁船として活躍したが、後にマグロ漁船に改造され、太平洋上での遠洋マグロ操業に
出漁していた。
・ 焼津港に帰還した同船が被爆した放射能濃度は髙く、乗組員全員が急性放射能症で都内の病院に入院し、捕獲されたマグロは廃棄
された。無線長の久保山愛吉氏は半年後の1954年9月23日亡くなる。
・ 被爆後、練習船に改造され、東京水産大学で使われていた。
・ 1967年(昭和42年)に廃船となる。
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[参考]
パネルの説明書きによれば、「夢の島」の始まりは荒川河口にて自然に堆積した土砂であった。そこはアサリ、ハマグリ、コウナゴ(イカナゴ)
などがよく採れた干潟であった。いつの頃からか「夢の島」と呼ばれ、近隣住民らの海水浴、釣り、潮干狩りの場として
親しまれるようになった。
1957年(昭和32年)に東京都はそこを都内で発生するゴミの投棄場所にした。高度経済成長期の1960~70年代にかけてゴミからのハエや悪臭の
発生により深刻な環境問題が惹起された。都は夢の島を市民の憩いやスポーツの場として公園化することを決定し、地下鉄建設で掘り起こした
土などを利用して造成工事を行ない、公園は1976年(昭和51年)にオープンした。
園内には、清掃工場の他に、熱帯植物館、スポーツ文化館、第五福竜丸展示館、マリーナ、各種競技場、野球場などがある。