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一枚の特選フォト「海 & 船」

One Selected Photo "Oceans & Ships"

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    隅田川の河口域に造成された海防堡塁 (台場) 位置概図

    海苔養殖は江戸時代中期に品川・大森辺りで始まり、明治期に入ると東京湾の各所で行われた。 1885年(明治18年)5月、江戸川区・深川の9町、南葛飾郡の7村、東葛飾郡の3村の計19町村が当時の 都知事に海苔採場 (養殖場) の開設願を申請した。その後同年10月に、その関連文書として追加提出されたのが、この 画像の図式資料である。採場の開設は翌年に認可された。

    画左上端に隅田川の川口と永代橋が記される。そのすぐ下方に5つの小さな島がある。これらが佃島・月島の砂州埋立地である。 そのすぐ右には、後に東京商船大学の所在で有名になる越中島がある。そこから東方に沿岸線が伸び、地先の海域こは幾多の 遠浅の砂堆がここかしこに広がっていた。そして、1885年に19町村が海苔の篊柵 (ひびさく) を設けるため、占有区域を都知事に 申請をした。なお、隅田川川口からまっすぐ南方に伸びる河口域は大量の河川水の流水路に当たり、また船の航路筋(澪・みお)にも当たり、 さらに行政区も異なるからであろう、海苔篊場占有区は設けられていない。

    1885年当時、品川、高輪、芝、築地などの東方沖合には何の埋め立て・土地造成はなされていなかった。 他方、高輪・品川の沖合いに海防のための堡塁 (ほうるい) (台場) の位置が示されている。現在、新橋からゆりかごめでお台場海浜公園 に向かうと、長大橋のレインボーブリッジを渡る。お台場に近づくと眼下の海面上に四角い形状の堡塁跡が見える。大きい方が第三台場 (陸続き)、小さいのが第六台場である。隅田川河口域は現在とは全く異なる異空間が広がっていたわけである。

    [画像撮影: 2017.2.26 東京江東区 中川船番所資料館(Nakagawa museum of ship traffic control station during the Edo period)にて] [拡大画像: x27830.jpg]

    辞典内関連サイト
    ・ 日本の海洋博物館
    ・ 世界の海洋博物館

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