画像は神奈川県三浦半島にある観音崎自然博物館に展示される、鯨を追いかけるキャッチャーボートの模型である。
1. 日本人が鯨肉を常食とした時代は半世紀以上も前の過去のこととなった。また、日本人のほどんどの人々にとって捕鯨は
すっかり過去の歴史となってしまった。博物館にミニ捕鯨紹介コーナーが設けられ、捕鯨の小史が記されている。
ここを訪れる子どもたちは、模型を見て、小史を読んで、結果何を考えどんな意識ももつのであろうか。
捕鯨の商業的再開に向けて大いに論じ、再開の旗を翻すのであろうか。
それとも、地球上の最大にして愛すべき海の生き物として、捕獲禁止・絶対的保護の立場で論じるのであろうか。
2. 人間による鯨捕り・捕鯨の歴史は長い。槍一本から古式網捕りへ、米国式捕鯨からノルウェー式近代捕鯨へと発展した。
捕獲の船は櫓櫂による小舟船団から帆船、蒸気船、そして近代的な動力船へ。さらに捕鯨砲を搭載する捕獲専用の
キャッチャーボート、母船式捕鯨船団へと変遷した。漁場も沿岸から沖合へ、近海から遠洋へ、
大西洋から太平洋の全域へ、さらに南極海へと海域は拡大し、また捕鯨対象種も拡大した。
3. 食糧として、また油などを利用するために、日本や欧米諸国による捕獲量は拡大の一途をたどった。国際社会で捕獲に
上限が設けられても、オリンピック方式の早い者勝ちであり、その上限は遵守されず、またその上限も再生産可能な適正な
捕獲量の設定であったかどうか。結局、人間は世界の海で主要鯨種につき乱獲を繰り広げ、絶滅の淵に追い込んだ。
最後の最後に国際社会は学び、鯨資源の回復と保護のため重要な決定を下した(むしろ下さざるをえなかった)。即ち、
ついに国際社会は、鯨資源の回復を待つため、やむえずモラトリアム宣言を発出するにいたった。
4. 重要な事実は、資源が回復すれば捕鯨再開が自動的に約束されている訳ではない。しかし他方で、資源状態や回復の
度合いは科学的調査・分析なくしては解明されず、鯨種ごとの捕鯨再開の適否やタイミングを計りえない。
因みに、ミンク鯨の資源は大きく回復しているとされるが、再開の動きはない。
5. 日本の調査捕鯨=科学的調査は国際捕鯨条約上で認められた加盟国の権利であるが、だが国際司法裁判所において
その調査方法は妥当なものでないとの判決が下された。捕鯨賛成諸国にとっては、この司法的敗北は捕鯨再開への道のりを
さらに遠くに追いやったといえる。
6. 国際捕鯨委IWCの科学委員会において、主要鯨種について持続的再生産が可能とされる十分な資源量に回復しているか否か、
その回復状況を現在でも、また将来においても科学的に論じ、鯨種によってはそれを立証しえないわけではない。
よしんば科学的見地から、ある鯨種につき一定数量の捕獲は問題なしと資源評価されても、IWC本会議でそれに沿った決議が
下されるのか。科学と政治は別次元にある。国際機関での加盟から離脱しての捕鯨再開の代償は予測不可能なほど大きいものとなるのは
言わずもがなである。
7. 国際社会の世論は捕鯨再開を「是」とするかである。見込みは極めて厳しいといわざるをえない。世界の動物愛護や保護、
反捕鯨に向かう勢いは強い。政治も常に無視できない勢いをもつ。他方、将来捕鯨モラトリアムが解除されても、
日本国内に捕鯨事業に乗り出す事業体は果たしてあるのか。経済的採算性は如何なものか。世界中の動物保護派、捕鯨反対のシンパを
敵に回すリスクを犯し、事業に莫大な出資を行い捕鯨に乗り出す者がいるのであろうか。
それとも、モラトリアム宣言の解除、捕鯨再開に拘泥する全く別次元の戦略的意義がどこにあるのか。あるいは、
解除に向けてずっとこれからも挑戦し続けなければ、戦略的敗北を至りかねない何の国家的リスクを恐れるゆえであろうか。
8. 諸国および諸国民は、何を争っているのか。論争する究極的立ち位置は何か。和解や妥協が不可能な価値観の対立なのか。
捕鯨を考える上での普遍的な視座は何か。捕鯨を考えるうえでの普遍的な正義、あるいは正論が果たしてどこにあるか。
端的にいえば、横たわるのは諸国・諸国民の立場の違い、即ち「再び乱獲し絶滅の危機を侵すことなく、最も安全な捕獲量の範囲内
で、鯨という生き物を資源として利用すべき (また適切な国際管理をすべき)」という
見解・立場と、「地球上の最大の動物である鯨をいたわり、生き物として絶対的に保護すべき」という、議論の全くかみ合わない
立ち位置ではないか。
この対峙する見解や立ち位置は、将来、国際社会でどちらが圧倒的な多数派となり、最終的な決着を見るのか。
それでなくとも、国際社会が納得しうる、受け入れられる和解案、融和策、妥協案、折衷案、歩み寄り案、右と左
(捕鯨の全面的禁止と商業捕鯨の再開)の間の案、現実的な第三の案(モラトリアムの部分的解除と商業捕鯨の部分的解除と厳格な
国際規則制定と厳格な取締り)はあるのか。日本は、将来何らかの現実的案を見い出せることを信じてのことであろう。
国際世論はどこまで理解し容認することになるか。いずれにせよ、鯨に関する適正で地道な科学的調査なくして、議論のテーブルに
つくためのいかなる和解、妥協、折衷、第三の案も生まれないのではないか。
[画像撮影: 2014.10.29 観音崎自然博物館(Kannonzaki Nature Museum)にて][拡大画像: x26586.jpg]
[拡大画像: x26584.jpg: 「捕鯨小史」][拡大画像: x26585.jpg: 「捕鯨は今」]