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1853年(嘉永6年)、米国のペリー提督率いる黒船艦隊が浦賀に来航した。その後、1866年(慶応2年)になって、米国、
英国、オランダ、フランスの4ヵ国と締結した条約において、日本は灯台などの航路標識を整備することを約した。
徳川幕府は英国とフランスとの間で灯台の灯光装置などの購入や建設の技術指導を受けること進めていた。しかし、時は明治維新
となり、それらの事業は新政府に引き継がれることになった。そして、明治2年1月1日には、東京湾の湾口にあたる三浦半島の
観音埼に日本最初の洋式灯台が点灯するにいたった。
観音埼灯台を築造したのは横須賀製鉄所首長であったフランス人技師ヴェルニーらであった。
フランス人が建設した灯台としては、このほか野島埼、品川、城ケ島の灯台がある。
画像は日本初の洋式灯台であり、かつ初代のレンガ造りの観音埼灯台である。地震で崩壊したために、現在の灯台に建て替えられている。
辞典内関連サイト:
・ 横須賀製鉄所(造船所)の昔風景
[ヴェルニー記念館]
・ 横須賀製鉄所を俯瞰する古い絵図
[ヴェルニー記念館]
・ 日本の海洋博物館
・ 世界の海洋博物館
[画像撮影: 2016.5.16 犬吠埼灯台展示資料館にて][拡大画像: x27352.jpg]
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