中東の国バーレーンの首都マナマの海辺を散策した。
浜辺に着いた時はまだ薄明かりが残っていたが、20−30分もしたらすっかり陽が落ちてしまった。
もうシャッターチャンスもなかろうと諦めた。
それでも、陸に引き揚げられたダウ船の周りをうろついていた時、友達が言った。
「ダウの舳先下から眺めたマナマの摩天楼が素晴らしい」
友人の一言がその日の最後のシャッター・チャンスを与えてくれた。
「有難い一言であった」。
[2006.10.バーレーン首都マナマの両コーズウェイにはさまれた海辺にて][拡大画像: x14984.jpg]
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「独り言」
この朽ち果てたようなダウ船の舳先下から夕刻の摩天楼を見上げた。
イスラムの教えに極めて厳格なサウジアラビアに丸2年も暮らしてきた。
モスレムであろうと非モスレムであろうと、また齢が若かろうとそうでなかろうと、
「女性が黒いアバヤと黒いスカーフを全身にまとうことなく、他人同士のカップルが寄り添い会話する」など、
サウジアラビアでは考えられない。
当たり前の風景がなぜか特異な風景に見える。
むしろ、見てはいけないものを見ているという意識にさせられる。
もうそろそろサウジを卒業して「別世界での新しい生活」を考えねばならない。
この歳になれば「異文化を理解しよう」なんて悠長に構える余裕はない。
もう30数年間、すなわち人生の半分以上にわたり「異文化の世界」に浸ってきたから。
もちろん全てを体験し、知り尽くすことはできない。
後10年間異文化を体験するというのであれば、できれば「日本と好きな異文化間を行き来したい」ものだ。
だが、それが贅沢な希望であることは本人が最も知るところである。[2006.10]
辞典内関連サイト
1. 世界の海洋博物館−バーレーン
2. 中東バーレーン首長国「海とダウ船のある風景」 [1]
3. 中東バーレーン首長国「海とダウ船のある風景」 [2]
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