FishTech - Photographs of Fishing Techniques
漁業技術の画像集・FishTech


著作者/水産大学校名誉教授・理学博士 前田弘
Compiled by Emeritus Prof. Hiroshi Maeda, Fisheries College, Shimonoseki, Japan

協力者/水産大学校助教授 深田耕一
in collaboration with Asst. Prof. Koichi Fukada, Fisheries College, Shimonoseki, Japan


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    第 5 部
    22 メキシコの漁業 + 参考資料 (定置網)

    − 外地事業を始めるに当たっての問題点 −


       「解説 (2.1 定置網)」では、定置網を設置する作業の流れをカラー写真で示した。

     外国において新しい事業を始める場合、技術的な問題以外も予め調べて置かなければならない。 その例として1969年にメキシコのVeracruzにおいて定置網を設置する各段階で起こった問題の記録を示す。

     ここに示す写真は報道対策として毎日1本ずつ撮った写真からの抜粋である。

     Veracruzはメキシコ屈指の都市である。そこで現像し、プリントした。現像は悪く、水滴の跡が残ったり、 1枚の写真でも左右で濃度が違う。またコントラストが不充分な写真が多い。しかし、ここに示すように30年間 にほとんど褪色していない。

    No.1
    [No.1: ft_image_5_22/image001.jpg]

    No.2
    [No.2: ft_image_5_22/image003.jpg]

    No.3
    [No.3: ft_image_5_22/image005.png]

    No.4
    [No.4: ft_image_5_22/image007.jpg]

    No.5
    [No.5: ft_image_5_22/image009.jpg]

     この小型定置網は、大西洋最大の商港Veracruz近郊のMocambo岬沖に設置した。No.4はMocambo岬を沖から 見た写真である。中央やや右に見える小高い森が、Mocambo岬である。No.5は南から見た(Veracruzに向かって見た) 写真で、この砂浜が陸上における拠点になった。

     この岬が海に伸びる瀬を垣網の一部として利用した。

     この漁場ではサワラを主な対象とした地曳網が行われているので、海底には障害物のないことが大体予想されていた。

     地曳網の漁師は魚群を追って移動するので、定置網を設置するために雇えない。そのために、地曳網と関係のない Mocamboの漁師を雇った。これらの漁師と地曳網漁師の間には表立ったトラブルは見られなかった。

     設置に先立ち、先ずしなければならないのは、設置されると予想される位置とその付近の海底調査である。 No.49の左に示す研究所の船とNo.72に示す船を用い、両船の間にワイヤを渡し、ほぼ等間隔に錘をつけて、 海岸線と平行と直交する方向に繰返してゆっくり曳いて、海底障害物の位置を調べる。もし、障害物が見つかれば そこを外して設置する。

    No.6
    [No.6: ft_image_5_22/image011.jpg]

     ここでは、調査に当たった季節にはサワラを対象とした地曳網が行われる(第3部3に示す)。 

       既存の漁業があるのに、なぜ同一魚種を対象とした別の漁法を導入しなければならないか疑問であり、当然反対 運動の中に捲込まれる可能性は考えられた。したがって、その漁師との調整はどうなっているかが気がかりであった。 しかし、メキシコ政府の要請によって、ここに設置することになっていたので、この問題は解決しているものと 考えていた。

     ある日突如、設置予定位置のすぐ近くの漁師小屋に「Mexico Si, Japon No」( メキシコはよいが、日本はだめ) という看板が見られた。その前には何回もここを通ったが、ここを含め付近で反対の動きは見られなかった。 網を設置しはじめても、網が完成して漁獲が揚がりはじめても、地元では直接反対運動は起こらなかった。 したがって、この看板は地曳網の漁師によって書かれたかどうか疑問である。1つの可能性は定置網で魚が獲れ そうなことが予想されたとき、その権益をめぐる対立勢力からの反対である。実行しようとする現勢力を先ず追出し、 時をおいて自分たちが代わろうという考えである。漁民からの反対ならもっと過激な型の直接反対運動が起こった だろう。

     この段階では詳細な設置位置は検討中で、我々の間ではほぼ結論に達していたが、決定するに至らず、公表は していなかった。

     唯一情報漏れが考えられるのは、水産に関係あるがこのプロジェクトに入っていなかった日系2世からである。 この人は、顔見知りであり、身内のつもりで出入りを許していたし、時々乗船して作業を手伝ったり、魚を配る ときには最も目立つところにいた。この人の存在がさらに後に尾を引く。

     漁獲が揚がり、次の拡張計画をメキシコ政府と検討中に、トラブルが起こっていた。いつのまにか候補地の すべてがその日系2世とその一族によって1つずつ別の人の名義で漁業権の申請がなされ、受理されていたこと である。

     日本で教育を受けた日系2世であり、協力的な行動をとっていたので、気を許して自由に出入りさせていた ことが、失敗の原因である。日本で教育を受けた日系2世といえども、権益を渡りあるくこの国の事業家そのもの であることを銘記しなければならない。

    No.7
    [No.7: ft_image_5_22/image013.jpg]

    No.8
    [No.8: ft_image_5_22/image015.jpg]

    No.9
    [No.9: ft_image_5_22/image017.jpg]

    No.10
    [No.10: ft_image_5_22/image019.jpg]

    No.11
    [No.11: ft_image_5_22/image021.jpg]

     網は、設計図に従って各部分に分けて作られ、このような2つの箱に詰められて日本から積出された。

     宛先はVeracruzとなっているのに、この箱は太平洋岸のAcaplucoに揚げられた。Acaplucoでは普通に通関する のに数ヶ月かかる。政府の仕事に関する荷物なので、特別に早く通関するように手筈を取るようにしていたが、 それでもかなりの日数がかかることは予想していた。ここで通関し、太平洋岸から大西洋岸まで転送するのに 多くの問題がある。Acaplucoで通関しても、州境ごとに税関があり、そこを通過しなければならない。この手続き をとるのに、またかなりの日数のロスが起こることは考えられた。しかし、代理店的な業務をしていた日系人が この通関と輸送の問題を片付けた。この間にかなりのコミッションが流れたらしいことは分かっていても、 詳細は不明である。また、メキシコに在住している人なので、このあたりのことはよく分かっているだろうが、 事が起こらないと動き出さないのは国民性によるのだろう。

     2この箱が何とかVeracruzに着いたが、ここで次の問題が起こった。箱には保険がかかっており、保険会社の 代理店の人が立会わなければ引取れない。さらにまずいことには、一方の箱の蓋が壊れていた。中の状況を保険 の代理店と受取人の両者立会いのもとで確認しなければ引き渡せないとのことだった。これは当然である。 代理店には助手がいないから立会えないということで数日待たされる。本当にそうなのか、暗にコミッションを 要求しているのか、判断に苦しむ。

     破れ目から見ると中身は紛失していないらしいことが分かる。こちらの責任でという一札を入れて箱を引取った。

    No.12
    [No.12: ft_image_5_22/image023.jpg]

    No.13
    [No.13: ft_image_5_22/image025.jpg]

    No.14
    [No.14: ft_image_5_22/image027.jpg]

    No.15
    [No.15: ft_image_5_22/image029.jpg]

    No.16
    [No.16: ft_image_5_22/image031.jpg]

    No.17
    [No.17: ft_image_5_22/image033.jpg]

    No.18
    [No.18: ft_image_5_22/image035.jpg]

     運動場の縁綱にチェーンを付ける。沈子をつけるよりも重さが均等になるので、チェーンを付けることが普通 である。できる限り現地で調達できるものは現地で調達して欲しいという要求があったので、チェーンは現地で 調達した。

     日本の漁師は網針を右手に持って時計方向に回し、前進して均等にたるませながらチエーンを縫い付ける。 この方式だと糸はZ撚りの縁綱の谷と同じ方向に回る。しかし、メキシコの漁師は後退しながらチェーンを付ける ので、かがった糸は縁綱の撚りと交差し、しかも、チェーンを均等にたるませられない。この点を改めるように 求めるが、習慣の違いは乗越えられず、日本側が妥協する以外の方策は見つからなかった。

    No.19
    [No.19: ft_image_5_22/image037.jpg]

     垣網の裾にチェーンを付ける。

     網が到着するまでは、漁場における障害物の調査と流網による魚道の調査で、あまり忙しくなかった。

     網が到着すると、陸上における作業が忙しくなる。契約時間内に仕事が終わるのだが、風が強いところで働いた からとか、座って作業したので砂埃を被ったからとか、種々の理由をつけて賃金の割増要求が絶えなかった。 しかし、これらの問題について日本人側はタッチしないはずの問題であるが、常にスペイン語が分かる日本人に 対して要求され、直接メキシコ人技術者には要求しなかったらしい。

     要求が通らないとこの仕事をやめるとか、ストライキをするようなことを強く仄めかすが、実際にはそのような ことは起こらなかった。賃金は平均よりも多かったことがその原因である。それでも「だめでもともと」で賃上げ を絶えず要求することは、それがわかっていても気分が悪い。国民性ということが分かっていてもそれは口にだしては いけないことだった。

     日本人技術者―メキシコ人技術者(監督者)―メキシコ人漁師、あるはいその逆の順で意思の伝達をする ことは順当な方法だろうが、日本人技術者とメキシコ人漁師が直接接触することが多かった。我々はメキシコ人 技術者をサポートするという線を最初から取り決めていなかったことが、次々に起こる問題を自分たちだけで解決 しなければならなかった主な原因であったと考えられる。

     メキシコ政府の水産局は日本人に定置網の設置を依頼したのであり、メキシコ人技術者は見学者であるという 立場をとっていた。作業を始める前にこの点を明確にして置かなかったか、日本人側には技術指導にきたのだから 現地技術者の協力が当然であるという考えが暗黙のうちにあったことが、失敗の原因だろう。

     メキシコでは技師(Ingeniero)・技手(Tecnico)・漁師(PescadorまたはObrero)の職務分担が明確に区別 されている。しかし、日本側では前2者の職務分担があまり明確でないことは、外国では通用しない。このことを 知っておかなければならない。ことに若い学卒者と熟年漁労長の組み合わせで派遣され、後者が選ばれて技術指導 のために派遣されたという意識が強い場合は、この問題が起こりやすい。

    No.20
    [No.20: ft_image_5_22/image039.jpg]

     定置網を固定するのには、石が入った土俵やイカリの代わりに砂袋が用いられる。日本から送られてきた袋に砂 を詰めた。この作業は2ヵ所で行われた。1ヵ所は港の防波堤の蔭に吹き寄せられた砂を利用することである。 これに必要な人手は職業安定所を通じて集めた。そこから船に積み込むまで保管する場所までの僅かな距離の輸送 に手間取る。砂袋を作った場所は防波堤の付け根で港湾外になるので、一般のトラックで運ぶ。港湾内と外で トラックのシンジケートが異なるので、港との境で港湾内だけのトラックに積み変えなければならない。港湾内は 僅かな距離である。直接運んで両方のシンジケートから苦情が寄せられた。しかし、両方の組合に目こぼし料を払う ことによって、直接運び込むことを黙認してもらう。

     次の問題は盗難である。砂袋はそこで空けられて袋だけが盗まれ、いくつかの袋では口を閉める紐だけが切り 取られていた。こんな袋や紐を盗んでも、盗んだことが明かなので持ち歩けないだろう。しかし、港湾労働者の中 にはどこで手に入れたか、この袋を持っている人がいた。砂を詰めているところにきて袋を売ってくれといって くる人がいる。そこで、Veracruz在住の日本人がもっているエビトロール船の船員を雇ってガードマンとした。 その後盗難はなくなった。

    No.21
    [No.21: ft_image_5_22/image041.jpg]

    No.22
    [No.22: ft_image_5_22/image043.jpg]

    No.23
    [No.23: ft_image_5_22/image045.jpg]

    No.24
    [No.24: ft_image_5_22/image047.jpg]

    No.25
    [No.25: ft_image_5_22/image049.jpg]

    No.26
    [No.26: ft_image_5_22/image051.jpg]

     砂袋製作はもう一ヵ所、No.5に示したMocambo岬でも行った。

     ここで袋に詰めるための砂を取ることには、どこかの役所の許可が必要な筈だが、地元の水産事務所に聞いても 分からなかった。問題があれば2・3日中に何か言ってくるだろうが、作業を終わるまで何も起こらなかった。

     台アバを固定するためには多量の砂袋が必要であり、それを積めるエビトロール船を沖に泊めておき、小舟で そこまで運んで積みかえるには危険が多い。台アバ以外を固定する砂袋は、ここで作り小舟で直接運ぶことにする。

     運び残った砂袋に砂をかけてここに置いて、翌日使った。これは盗難の可能性を調べるためである。しかし、 盗難は起きなかった。作業に当たった漁師は砂袋を欲しがってうるさかった。これも欲しかったから言ってみた が駄目ならそれでよいか、あるいは盗むというパターンである。渡してもよいが、それではけじめがつかない。

    No.27
    [No.27: ft_image_5_22/image053.jpg]

    No.28
    [No.28: ft_image_5_22/image055.jpg]

     海上と陸上の準備ができたので、砂袋をエビトロール船に積込む。港内での積込みは港湾労務者のシンジケート が扱い、雇った漁師は使えない。船の横までの僅かの距離の輸送は港湾荷役のシンジケートに頼む。しかし、 そこから実際に船に積込む作業はこのシンジケートの仕事でないので、雇っている漁師に頼む。しかし、本来の 仕事でないので、給料の十分な割増を取られる。

     このような定置網を設置するときに起こるいろいろの問題を掘出すことが今回の試験網を入れることの大きな 目的の1つである。それは分かっていても、このように連続して問題が起こるので、悩まされた。しかし、 どこまでが本当なのか、足元を見て何がしかの金にありつこうという考えからか疑問である。










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