江戸時代、佐賀藩は当時日本の貿易拠点であった長崎の警護に当たったが、欧米列強諸国の圧倒的な海軍力に危機感を抱き、海防強化に
取り組んだ。その一環として、現在の佐賀県南部の三重津に海軍所を整備した。
・ 1858年(安政5年)にまず「御船手稽古所」が設立される。
・ 1861年(文久元年)までには、洋式船を修理するための乾船渠(ドライドック)が建設される。
・ 1865年(慶応元年)には、日本初の実用蒸気船「凌風丸」(要目=全長約18.2m、幅約3.3m、10馬力の木造蒸気船)が建造される。
画像は、佐賀県南部「早津江川(はやつえがわ)」の河川敷に現存する日本最古の乾船渠(ドライドック)の遺構である「三重津海軍所跡」(所在地:
佐賀市川副町大字早津江津446-1)である。かつて考古学的調査において良好な状態で発掘されたが、現在は保存のために多くが地下に埋め
戻されており、実際に観ることはできない。
ただし、隣接地にある「佐野常民記念館」で貸し出される「三重津タイムクルージング」のためのVR(仮想現実)機器
「三重津スコープ」で覗き見すると、江戸時代当時の海軍所をイメージしたパノラマ映像や、その他海軍艦船運用術の訓練の様子など
をバーチャル体験できる。
[参考]佐野常民記念館: 佐賀藩海軍の創設にも大きな功績を遺した佐野常民の生涯が展示パネルなどで紹介される。
なお、三重津海軍所跡は2015年に登録されたユネスコ世界文化遺産の「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭革命」の構成
資産の一つでもある。
[撮影年月日:2023.06.17/画像出典: 福岡県大牟田市の三池港閘門・内港を眺望できる「三池港展望所」に掲示された世界文化遺産
「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭革命」の数多くの構成資産を紹介する写真パネルより][拡大画像: x29252.jpg]