埼玉県草加市内には「旧日光街道」と所縁の深い「綾瀬川」が流れているが、その川沿いに草加松原遊歩道が造作され、その遊歩道南端
には「札場河岸(ふだばがし)公園」が整備されている。そして、公園内には石階段式の桟橋(船着き場)が復元され、「河岸」の
伝統的雰囲気が醸し出されている。画像は2006年(平成18年)に撮影された「札場河岸」(復元)の風景写真である。
[注]標準用語として、このような石階段式の桟橋は「雁木(がんぎ)」と称される。
「札場河岸」と題する展示パネルによれば、草加は鉄道・自動車輸送が発達する明治後期頃まで、江戸(東京)
との物資輸送は 舟運が中心であったこと、「草加宿」の人々はこの「札場河岸」と「魚屋河岸」(手代町)の舟運に
大いに頼っていたこと、明治20年の記録によれば同年の取り扱い荷物は以下の通りであったこと、などが記されている。
・ 出荷品: 米、味噌、醤油、レンコン、クワイ、荒縄、筵(むしろ)など。
・ 入荷品: 肥料(人糞・油粕・魚粕)、石材、石炭、油、酒、塩など。
「札場河岸」は旧日光街道沿いに発展した「草加宿」の北側のはずれの、綾瀬川沿いにあった。
「魚屋河岸」は同宿の南側(江戸寄り)のはずれにあった。